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大阪高等裁判所 昭和34年(う)1591号 判決

被告人 株式会社沢田木工所

主文

原判決を破棄する。

被告会社を罰金一〇〇、〇〇〇円に処する。

訴訟費用(破棄差戻前及び差戻後の第一審の)は全部被告会社の負担とする。

理由

所論第一点の一乃至五及び七について。

所論の要旨は、被告会社の本件製造物品中昭和二六年一月一日以降製造にかゝる押車(六一六台)及びトラツク(八五四台内大五八五台、小二六九台)は製造当時の物品税法所定の玩具又は遊戯具中の児童乗物に該当し昭和二六年一月一日から同年八月九日までは一個につき七〇〇円、同年八月一〇日からは同九〇〇円に満たないものは課税物品でなかつたのであるが、被告会社製造にかゝる右押車は二〇〇円乃至二八〇円、トラツク大は四五〇円乃至五五〇円、同小は三〇〇円乃至三五〇円であつて、いずれも前記最低価格に満たないものであるから課税物品でなく、従つてこれを製造するについても物品税法による申告を必要とするものでないから同法第一八条第一項第一号の適用を受くべきものではない。しかるに原判決が右物件は物品税法第一条所定の物品であるから課税物品であると否とを問わず、その無申告製造は同法第一八条第一項第一号に該るとしたのは右法条の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて案ずるに、本件当時の右物品税法第一八条第一項は左の各号の一に該当する者は五年以下の懲役若くは五〇万円以下の罰金に処し又は之を併科すとして、その第一号は昭和二四年法律第二八六号による改正後のものと、同二五年法律第二八六号による改正後のものとに分れるが、いずれも「政府に申告せずして……第一種若は第二種の物品を製造したる者」と規定し、又同法第一五条は、第一種若は第二種の物品を製造しようとする者は政府に申告すべき旨を規定し、同法第一条において、左に掲ぐる物品にして命令を以て定むるものには本法に依り物品税を課すとし、その課税すべき物品を第一種及び第二種に分ち、これを更に類別、品別に明示し、課税対象を限定するとともに、その細則を命令の定めるところによる旨を明らかにし、更に同法施行規則において右被課税物品の価格の免税点を定めている。これによつて考察すると、右第一八条第一項において、政府に申告せずして同項第一号所掲の物品を製造した者を処罰する旨を定めているのは、物品税の徴税を確保し、その逋脱の取締を図るためであると解すべく、従つて第一種、第二種に属する物品でも課税の対象とならない、免税点以下の移出価格のものは、その製造について政府に対する申告を要求するところではなく、かかる物品については政府に申告することなく製造しても、同条違反とならないとするのを相当とする。このことは、同条が第二項において、前項の犯罪に係る物品に対する物品税相当額の十倍が五十万円を超ゆるときは情状に因り同項の罰金は五十万円を超え当該相当額の十倍以下と為すことを得とし、又同条第三項において、第一項の場合に於ては直ちにその物品税を徴収すと定めてあるのに徴し疑いはない。しかるに原判決は免税点以下の価格の物品の製造についても、同法第一八条第一項第一号の罪が成立するとしたことは所論のとおりであつて、この点において法令の解釈に誤りがあるとせざるを得ない。ひるがえつて昭和二五年政令第三六〇号による改正の物品税法施行規則及び昭和二六年政令第二八二号による改正の同施行規則によると、玩具及び遊戯具類中児童乗物類及び幼児用歩行補助器にあつては一個につき七〇〇円又は九〇〇円に満たないものには課税しない旨が定められていることは所論のとおりである。しかし右にいう児童乗物類とは右免税点の額その他一般常識上から考えると、児童が自ら乗つて動かしもつて遊戯する車類を指すものと解するのが相当である。しかるに原判決の挙げる証拠によると、本件押車及びトラツクは、いずれもその形状、大きさ、機能上から観察して児童が乗つて自ら動かして遊戯し得るものとはなし難く、この点は被告会社代表者故沢田富三郎も同人の大蔵事務官に対する質問てん末書によつて自認しており、せいぜい児童が小さな物品を乗せてこれを押して遊戯するものであると認められ、その移出価格は、一個二〇〇円(昭和二六年一月一日以降同年八月九日まで)、二五〇円(同年八月一〇日以降)の法定の免税点を超えていることが明らかで、これを否定すべき資料はないから、本件押車及びトラツクはすべて物品税法第一条の物品税課税物品に該当し、その製造につき被告会社代表者において政府に申告しなかつたことについて、被告会社がその刑責を問われるのは同法第二二条に明定されているところであるから、原判決は結局相当であり、前記法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすことがないことが明らかであり、所論は理由がないということができる。

所論第一点の六について。(省略)

所論第二及び第三点について。

所論の要旨は故意は犯罪事実自体の認識と違法の認識とを必要とすると解するが、法定犯である本件において、被告会社代表者は本件物品が物品税法所定の課税物品であることを知らず又製造開始の申告を要することを知らなかつたものであり、ひいて無申告製造について違法の認識がなかつたものであるから故意の右二要件のいずれをも欠き、従つてこれを有罪とした原判決は物品税法第一八条第一項第一号及び刑法第三八条の適用を誤つた違法があり、この点に関する弁護人の主張に対し、この点については既に上級裁判所の判断があるので裁判所法第四条によりこれに拘束せられるから判断しないとして何等の判断をしなかつた違法があり、更に本件の如き法定犯にあつては少くとも違法を認識しないにつき過失のない場合には故意は成立しないというのである。

しかしながら被告会社代表者において単にその課税物品であり製造申告を要することを知らなかつたとの一事は物品税法に関する法令の不知であつて、犯罪事実自体に関する認識の欠如すなわち事実の錯誤となるものでないことは本件に関する最高裁判所の判示のとおりであり、又故意は法定犯であると否とにかゝわらず違法の認識を必要としないものであり、又違法の認識を欠くにつき過失があつても故意の成立を妨げるものではないのでありこれらはいずれも最高裁判所の屡次の判列の示すところであるから(昭和二三年七月一四日大法廷判決、集二巻八号八八九頁、昭和二四年一一月二八日第三小法廷判決、集四巻一二号二四六三頁、昭和二六年一一月一五日第一小法廷判決、集五巻一二号二三五四頁等)、原判示所為が故意犯であることは明らかである。又仮りに法定犯である本件において、法の不知につき相当の理当の理由がある場合は犯罪の成立を阻却するとしても、本件記録によると、被告会社は従来主として製材業を営んでいたが、製材の副産物を利用して幼児用木工品等の製造を業とすることを開始したことが認められるが、被告会社代表者は右製造を開始するについては、技術面の検討のみならず法的規制についても考慮し、物品税が課税せられることの有無、その製造につきこれを政府に申告すべき義務があることの有無につき調査すべきが当然であり、これを要求することは決して至難のこととはいい難く、同人がかかる注意を払わず漫然右製造を開始したのは法を知らざるにつき相当の理由があるものとは到底認められないから、この見地においても本件は犯罪の成立を阻却するものではない。ついで原判決がこの点については既に上級裁判所の判断があるので裁判所法第四条により当裁判所はこれに拘束せられるから判断しないと判示したことは所論のとおりであるが、その趣旨は本件に関する最高裁判所の判断に従いそのとおり判断する意味であることはその行文に徹し明らかであるのみならず、かかる主張が刑事訴訟法第三三五条第二項の判断を示すべき事項に当らないことは前説示のとおりである。所論はいずれも理由がない。

所論第四点について。

所論は原判決の量刑が重すぎるというのである。よつて按ずるに本件犯行後差戻前の一審判決前既に被告会社において本件物品に対する物品税三一八、九五〇円を全額納付したこと、被告会社においてこの種再犯の虞はないと認められることその他本件犯行の動機、態容等記録に現われた諸般の事情を考えると原審の刑は重きに過ぐると認められるから原判決はこの点において破棄を免れない。よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決を破棄し当審において直ちに判決することができるものと認めるから同法第四〇〇条但書により原判示事実にその摘示法条(但し原判決末頁四行目罰金等臨時措置法の次に「第二条」を挿入し)を適用して被告会社を罰金一〇〇、〇〇〇円に処し、訴訟費用(破棄差戻前及び差戻後の第一審の)は全部被告会社の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 小川武夫 柳田俊雄 寺田治郎)

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